京都地方裁判所 昭和39年(ワ)591号 判決 1967年12月05日
原告
ヤマサン株式会社
右代表取締役
円城留二郎
右訴訟代理人弁護士
山崎一雄
被告
株式会社三丸
右代表取締役
大橋義一
被告
株式会社新装大橋
右代表取締役
大橋義一
右訴訟代理人
金子新一
同
松田節子
主文
1 被告株式会社三丸は、同被告所有の京都市下京区高辻通東洞院西入る北側に築造した鉄筋コンクリート造地下一階地上八階の建物東側の三階、四階、五階各階に設けた各階三個宛九個の窓に対して、その東側に隣接する原告所有の宅地建物の観望を制限するための目隠の設備をせよ。
2 原告の被告株式会社新装大橋に対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告株式会社三丸との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告株式会社三丸の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告株式会社新装大橋との間においては、全部原告の負担とする。
事実
一、原告訴訟代理人は、被告両名に対し、主文第一項と同旨の判決ならびに「訴訟費用は、被告等の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。
1 原告と被告株式会社新装大橋(以下単に被告新装大橋と称する)は、京都市下京区高辻通東洞院西入る北側に、東側は原告、西側は被告新装大橋という関係で、それぞれ隣接して土地を所有している。
2 被告新装大橋は、昭和三八年一一月頃から、原告所有の右土地の西側境界線五〇糎以内に接着して鉄筋コンクリート造地下一階地上八階建ビル(以下本件建物という)を築造し、右ビルの東側面に、窓を二階三階四階五階六階に各三個宛、七階に四個(以下本件東側窓という)設けた。
3 右窓のうち、三階・四階・五階各階三個宛計九個の窓(以下本件窓という)は、原告の宅地建物を観望すべき窓である。
4 被告新装大橋は、右ビル完成後、同ビルを被告株式会社三丸(以下単に被告三丸と称する。)に所有権を移転した。
5 よつて、原告は、被告両名に対して、右観望すべき各窓に対してこれを制限する目隠の設備をなすことを求める。
6 被告等の抗弁事実中、本件東側窓の設計建設につき同意があつたとの点を除き、その主張のような覚書が交換され、金五〇〇万円の授受があつたことは認める。
右の金員は、境界線より法定の距離をおかずになした本件建物築造の結果、原告の蒙ることとなる物心両面の補償、並に隣地使用の対価として贈与されたものであり、又、その際原告側を観望することの出来る窓は一切設けない旨の合意がなされている。
又民法と異る慣習がある旨の主張は否認する。
二、被告両名訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁並に抗弁として、次のとおり述べた。
1 請求原因事実第一項、二項、および第四項は認める。
2 請求原因事実第三項は否認。
3 右ビルの所有者は被告三丸であるから、原告の被告新装大橋に対する本訴請求は失当である。
4 被告三丸所有の建物中、原告主張の窓はいづれも便所、階段に設置せられた採光又は通風のためのものであつて、観望用のものではない。
5 被告等の抗弁
イ 昭和三八年一二月一〇日、原告と被告新装大橋及び訴外ミラノ工務店とは覚書を交換し本件ビル工事を原告の宅地内に立入り続行することを原告は承認した。その代償として被告新装大橋と訴外ミラノ工務店とは、即日金五〇〇万円の支払をなした。
右覚書には、原告が将来その所有地に被告新装大橋所有の土地の東側境界線に接着し境界より五〇糎以内に、建物を築造する場合新装大橋はこれに協力する旨約してある。即ち双方境界線に接着した工事は自由であるとの契約が成立している。この契約により、原告は、本件窓の設計建設については同意をなし、本件相隣関係は解決済のものである。
ロ 本件建物築造には民法の規定に異る慣習がある。
よつて、原告の本訴請求は失当である。
四、証拠<省略>
理由
一、原告及び被告新装大橋の各所有する土地が原告主張の相隣関係であること、被告新装大橋がその土地上に、原告の土地との境界線より五〇糎以内に接着して原告主張の鉄筋コンクリート造のビルを築造し、その東側面に窓を設けたこと、および右ビル完成後その所有権が被告新装大橋から被告三丸に移転した事実は、当事者間に争いがない。
二、<証拠>によれば、本件建物の東側三階、四階、五階の各階に設けた窓からは、常人の場合原告の宅地、建物を観望することが出来ると認められる。被告は右窓はいづれも各階の階段、便所に設置されたもので通風、採光のためのものであつて、観望用のものでないと主張するので、この点につき判断するに、前記証拠によると、右窓はいづれも各階の便所及び階段に設置されていることが認められる。従つて右窓は主として通風、採光のために設置されたものと推認するに難くない。しかしながら民法第二三五条は、みだりに他人の私生活をのぞくことを制止する趣旨であるから、同条にいう「観望すべき窓」とは、特に観望の目的で設けたものと解すべきでなく、窓を設置した目的の如何を問わず、その窓から他人の宅地を観望することが物理的に可能であるような位置、構造を有する窓と解するのが相当である。本件窓は前認定のとおり、常人において、原告の宅地を観望することが物理的に可能であるから観望すべき窓というべく被告の主張は採用することは出来ない。
三、そこで、次に被告三丸の、本件窓の設置は原告と被告新装大橋との間で了解済みであるとの抗弁について判断する。昭和三八年一二月一〇日、原告と被告新装大橋及び訴外ミラノ工務店との間に覚書(乙第二号証)が交換され、原告が右覚書の趣旨により金五〇〇万円を受領したことは当事者間に争いはない。
そして<証拠>によれば、本件建物は、昭和三八年九月頃、被告新装大橋の所有する本件土地上に築造され始めたが、同年一一月頃、七階建の鉄骨及び地上二階の床までコンクリートを打ち終つたところで、原告会社から境界線より五〇糎の法定の距離を置くよう工事変更の抗議を受けたこと、その結果原告会社、被告両会社、訴外ミラノ工務店が種々交渉の末、新築ビルには京都銀行本店が入る予定になつているので日時が限られていること、既に地下の基礎工事も完了しているので工事の変更も困難であること等を考慮して、原告会社が将来その所有地に建物を築造する場合は本件建物に接着し建てても被告新装大橋は異議を述べないこと、右工事続行のため必要とする原告会社所有土地の西側の部分の使用、右土地にあるガレージ、板塀等の移転による損料等に対する対価、又は、補償として金五〇〇万円を被告側において支払うこと、を了承し、前記覚書(乙第二号証)が作成されたことを認めることが出来る。右覚書による当事者間の諒解事項は、右のとおりであつて被告の主張するような本件東側窓の設置についての原告会社の同意が含まれているものとは認められない。この認定に反する<証拠>は採用出来ない。
又、右覚書により、新築ビル東側には窓を設けない合意があつた旨の原告の主張も認めることは出来ない。
四、被告等主張の民法に異る慣習があるとの主張もこれを認める証拠はない。
五、本件建物が、原告所有の土地との境界線より五〇糎以内に接着して建てられていることは当事者間に争いはなく、本件窓が原告会社の宅地を観望すべき窓であること、右窓につき原告会社の同意がなかつたことは前認定のとおりである。そうすると、本件建物の所有者である被告三丸は、本件窓について民法第二三五条によりその観望を制限するための目隠を附する義務があると言わなければならない。
被告新装大橋は、右建物の所有者ではないので右目隠の設置義務はない。
よつて、原告の被告三丸に対する本訴請求は理由があるので認容すべく、被告新装大橋に対する本訴請求は理由がないので棄却すべく、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九二条に則り、主文のとおり判決する。(久米川正和)